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レポート

国際協力人材派遣レポート

ラオス研修最終日 帰国2013.08.24

派遣国:ラオス 大城

 

 
 
 目を開けると、そこはもう日本でした。快適な飛行機の中で、窓を望んでいると見えたのはどこまでも続く、青い海。それから、長時間続く神秘的な朝焼け。
 
 ラオスには無い、日本の美しさだと思います。朝からその景色に感動していました。
 
 刻々と変わるその景色を前に、日本への期待が高まるのを感じていました。ラオス出国の憂鬱なんて、なんのその。今回の研修はラオスを学んだだけではなく、日本を外から見つめなおす良いきっかけになったのだと思います。私は、ベトナムでもラオスでも日本の経済力を目にしました。また、日本人のことを大切に思ってくれるラオスの人に触れることができました。それはまさしく日本の国力と言えるでしょう。日本は凄いです。私は胸を張って、そんな国に帰りたいと思いました。
 
 成田空港に降り立ってからは、全てがあっという間のことでした。すぐに羽田空港へ移動。そして那覇空港へ。
 
 羽田空港ではトイレに広告用のテレビがあったことが印象的です。まさに日本なのだと思いました。思わず、ベトナム・ラオス・日本の3カ国を比べてしまいました。
 
 「空港はその国の玄関口であり、その国の勢いを世界に示す最初の場所です。」
私の好きな本にはそう書かれていました。まさにそうだと思います。ラオス研修の最中、何度私は近代的な成田空港を思い出したことでしょう。
 
 
 
 
 那覇空港では、ラオスの伝統衣装である「シン」を着て向かいました。飛行機から降りると沖縄の音楽が流れていました。心地よいその音に体をのせていると思いました。私は帰ってきたのだと。私の島に。やはり、安心するものですね。日本の進んだ技術によって成り立っている「安心」は豊かさです。
 
  最後は皆で記念写真。
 
寝食を共にしたラオスメンバーとは何だか別れ惜しく、引率してくださったjicaの中村さんとJTBの久富さんにはたくさんお礼を言いました。最高の夏を過ごしたと思います。他のメンバーも書いていますが、私は変わりました。団体行動が苦手な私は正直、不安いっぱいの研修でした。でも、ラオスのノリやみんなの暖かさに触れるとそんな不安はいつの間にか消え去っていたのです。私が不安を感じているとき、ラオスメンバーは笑って「ボーペンニャン」(ラオス語で大丈夫の意)と言っていました。中村さんと富さんは私の拙い意見にいつも耳を傾けてくれました。そのことが嬉しかったです。私はこの研修で最高のものを手に入れたと思います。
 
 
 このつながりを切りたくはありません。その思いでずっと毛嫌いしていたSNSにも手を出してみました。するとそこにはたくさんの顔が。ラオスの高校生ともまた再会しました。話を聞きたい!と思ったjocaの人にも友だち申請をしました。インターネットは世界を狭くしています。ラオスを見ていると、発展することが正しいことだとは限らないという気持ちになります。でも、発展することでまた人々は豊かになることも事実なのでは無いでしょうか。きっと、そのバランスが大切なのです。ラオスのこれからを考えるとき、どんな発展をするのでしょうか。楽しみです。
 
 
 本当に、このラオス研修に参加してよかったです。この先もこの事業が続いて欲しいです。2週間で私が得たものはとても大きいです。その感謝の気持ちを込めて今日の事後研修も明日の報告会も最高のものにしたいです。頑張ります!
 

ベトナム 11th day!2013.08.24

派遣国:ベトナム 花城
 
今日はベトナム最終日でした。
たくさんの荷物をパッキングして、ハノイの市内観光をしました。
観光の際は、先日訪問させていただいたVJCCの学生の方々が案内をしてくださいました。
市内には、ドライフルーツ屋さんがあり、私はキウイのドライフルーツをお土産に買いました。
歩道にあった露店では、ベトナムの雑誌を買うこともできました。
表紙には孫悟空や、猪八戒が描かれていました。
中をめくると、子ども向けの雑誌に見えましたが、すべてベトナム語で全く読むことはできませんでした。
しかし、ベトナムの‚日常生活に近い、リアルな文化のお土産になったので買えて嬉しかったです。
お昼はつけ麺バージョンのフォーをいただきました。
やはりVJCCの学生の方々は現地の人気店を知っていて、入ったフォー屋さんもとても美味しかったです。
しかし、店内は満員の中で食事しました。
現地の人にも愛されるお店だけあって、お昼どきはとても混みました。
おやつにはチェー屋さんに連れて行ってもらいました。
自分好みにカスタマイズできるあたりが、とても買いやすかったです。
かき氷と、ココナッツミルクがベースで、その他トッピングの種類や量によって値段が決まっていました。
私が食べたチェーのトッピングは、マンゴー、タピオカ、大きいタピオカ?、寒天が入っていました。
私たちが食べているとき、スーツを着たいかにもサラリーマンのような人たちがいて、甘党なのかな、と思いました。
気温も湿度も高かったので、チェーはとても美味しかったです。
腹ごしらえのあとは、現地のスーパーに行きました。
私は、学校のクラスへのお土産に箱詰めされたお菓子を買いました。
さらに、ドイツ滞在時に気に入っていた、日本にはあまり売ってないチョコレートと再会することができました。
家へのお土産として、そのチョコレートを買いました。
 
ハノイの街を観光したあとは、デウーホテルという高級ホテルでフェアウェルパーティーをしました。
フェアウェルパーティーには午前中同様、VJCCの学生の方々や、ベトナムで活動されている青年海外協力隊の方にもご参加いただきました。
フェアウェルパーティーでは、豪華な料理をいただき、その後はカラオケ大会のような感じで、嵐の歌を歌いながら、にぎやかに交流しました。
VJCC訪問時には、とても交流時間が限られていたので、今回のフェアウェルパーティーでさらに交流することができました。
 
さみしくも時間になり、私たちはデウーホテルをあとにしました。
ハノイ・ノイバイ空港へ向かい、国際線に乗り、成田空港へ向かいました。
 
 
長いようであっという間だった、13日間。
ベトナムの人々の暖かさを肌に感じた研修期間でした。
これからは事後研修、報告会に向けて、今回経験したことを発信して、レポーターの役目を果たしたいと思います。
 
通訳のテイエムさん、ことテンちゃん。中さん、佐藤さん。
その他お世話になった方々、ありがとうございました。
おかげさまで安全な、充実した研修にすることができました。

ラオス研修 12日目 ラオス出国2013.08.24

派遣国:ラオス 大城
 

 

 
 なかなか更新出来ていない大城です。少しづつではありますが、それでもラオスで感じたこと、考えたことをこのレポートに書いてきました。レポートを書くことは、自分の頭と心を整理する良い機会となっていました。今回の研修がレポーター事業であってよかったです。私は書くことが大好きなのですから。
 
 しかし、そんなレポートももうすぐ終わります。長いように思えた研修もついに「ラオス出国」の日となってしまったのです。
 
 
 
 研修12日目のこの日。フェアウェルパーティーも終え、あとは文字通り帰るだけとなりました。ラオスののどかな風景とも、にこやかな笑顔とももうお別れ。とても楽しかった研修だったからこそ、そのことが悲しくて仕方ありません。
 
 そんな気持ちを埋めるように、現地ガイドの方やバスの運転手とたくさん写真を撮りました。
 
 
 
 でも、私には分かっていたのです。どんなに写真を撮って別れを惜しんでも、ラオスを離れることには変わりないことを。それに、今はインターネットが発達しています。ラオスの学生が皆、Facebookを登録しているように自分が動きさえすればつながることは可能なのです。だから、私がやっていることは悪あがきにすぎないのかもしれません。
 
 
 
 ラオスには出国の際にも笑顔にさせられました。というのも、出国審査官がとても好印象だったのです。彼は片言の日本語で言いました。「ありがとう。またね」と。
 
 入国の時には軽く流しただけだったかもしれないこの言葉。しかし、今の私にはその重みが分かります。こうやって日本人が行為的に見られることの凄さ。そして、その裏にある友好の歴史の深さ。jicaを始めとする国際協力ももちろんその一つです。それから、片言でも話しかけてくれる入国審査官の良さ。それはきっと、ラオスの良さに言い換えることもできるでしょう。大らかで、ゆったりしていたこの国。日本には無い大切な何かがある、そんな気がします。
 
 私は入国審査官にこう返しました。「コプチャイ」(ラオス語でありがとうの意)相手の国の言葉を話してみる。その嬉しさを私は知ってます。だから、私も入国審査官の彼にラオス語で歩み寄りたかったのです。
 
 
 ラオスから出国するとき、密度の濃かった2週間が思い出されました。私は、とても貴重な体験をさせてもらいました。いろんなことを感じ、それらは私の糧となります。そこで、自分に問いかけてみました。「私はこれからどうするのだろうか」と。
 
 私は日本のことも沖縄のことも勉強したい。まずはこの国を、この島を心の底から愛していると言いたい。また、英語を勉強したい。日本語だけの情報では足りないのだ。今のままでは、自分の可能性を狭めてしまう。英語さえできていれば、もっとラオスのことも知ることができたかもしれない。
 
 ぐるぐるとたくさんの想いが沸き上がってきました。私は前進したいです。今回の研修をただ楽しかったものだけにはしたくありません。
 
 他にも、あまりにたくさんのことが浮かんでは消え、また考えこんでは語りました。こんなに考えた夏は初めてです。
 
 気がついた頃にはベトナムを越えて、日本でした。私は帰ってきたのです。

フェアウェルパーティ,学習性無気力症2013.08.24

派遣国:ラオス 角田
遅れてしまいましたが研修最終日のレポートです。
最終日は、研修の中で出会った方々を招待してフェアウェルパーティを楽しみました。
そこで会話や昼食を楽しむ中、ラオスメンバーひとりひとりが自分の学んだことや考えたことを発表しました。
私はラオスの国民性とごみ問題を知っていく中で、今後、世界各国の国民性とその要因となっているであろう歴史や、世界のごみ事情に目を向けていきたいと発表しました。
 
その後に発表に対するお話を頂いたのですが、それは「国際社会の中で発表することが大事だ」というものでした。
自分の考えを多くの人に伝えること。それは人との意見の衝突を生むかもしれない。
しかしその衝突を乗り越えたら、その意見のデメリットや欠点は解消されていくのではないでしょうか。
そう考えると本当に発表するというのが大事なことだと分かってきました。
人との意見の衝突を恐れることの多い私だけど、今後は積極的に、衝突してやるという勢いで、考えを発表していけたらと思います。
 
また、久貝さんのお話を聞く中で私が興味深いと感じたのは、「学習性無気力症」というものでした。
学習性無気力症というのは、「長期間ストレス回避の困難な状態に置かれると、ストレスを回避することさえ諦めてしまう」というものなんだそうです。
例で言うならば…
①透明なガラス板で水槽を半分に仕切って、片方にカマスというどう猛な魚を、もう片方にその魚の餌となる小魚を入れます。
②カマスは餌を狙って突進しますがガラス板に阻まれて食べることができません。
③何度向かってももガラス板に激突する経験を積み重ねたカマスは、「行動しても無駄」だと学習し、諦めてしまいます。
④仕切っていたガラス板を取っても、魚は餌を食べることを諦めてしまっているので食べることはありません。
 
私はこの話を聞いて、率直に「こうはなりたくないな」と感じました。
何度頑張ってもうまくいかないからと言って、挑戦すること自体を諦めることはしたくないです。
でも正直、そんなことが本当にできるか自信があまり無いです。
この話には続きがあって、それは
⑤その水槽に別のカマスを入れて小魚を襲う場面を元から居たカマスに見せると、そのカマスもどう猛さを取り戻し小魚を襲います。
…というものです。
この話は、「八方塞がりのときは、過去に囚われない者がいることでうまくいく」という教訓なんだそうです。
だから、何度頑張っても上手くいかないときは、周りを頼りながら挑戦を続けていくことで、道が開かれていくのではないかと私は考えます。
とても印象に残ったお話で、為になりました。
これを今後の生活に活かしていきます!
 
ラオスや国際協力以外のことについても学ぶことができた最終日でした。

最終日〜フェアウェルパーティ〜2013.08.23

派遣国:ラオス 鴨澤
 最後の日について書こうと思います。
 
前日の夜に荷物をある程度詰めていたので、午前中は近くの部屋の数人で集まって最後にゆっくりお茶を楽しんでいました。
 
 
肝心のフェアウェルパーティですが、会場は想定外にもこじんまりしていました。しかしそのおかげであの落ち着いた上品なパーティになったのでしょう。
 
やはり印象的なのは一人の1分間スピーチ。
言うことは皆いつもの振り返りの時間とそんなに変わりませんでしたが、様々なお世話になった方々の前で発表するのは新鮮でした。
そういえば私は普段あまり意見を表に出さないのに、このレポートも含めこうして迷い無く出せるようになっている自分に今気付きました。
この事業に感謝することは山積みですね。
 
また、私が今興味のある助産師としてラオスで働くjicaの方ともこのパーティで親しくなりました。今もfacebookで交流を続けています。
 
 
ラオスではたくさんの出会いがありました。
今までラオスは発展しなくてもいいのではないかと何度も思いましたが、その発展のおかげで私は今もラオスの友人達とやりとりができます。世界は狭くなったとよく言われますが、こんな面では狭くなることに感謝してしまう自分です。
 
 
最後に、私のレポートを一度でも読んでくれた方、そうでなくてもここに載っている数々のレポートを読んだ皆さん、ありがとうございました!
明後日の報告会へ精一杯取り組もうと思います。
 
 
 
 
 
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